このDPの被写体は正直、なんでもないようなもの。
というよりむしろ、写真をやっている人なら
見向きもしないようなもの。
だが、問題の本質は被写体側には無い。
問題の本質は自分の心の中にある。
見つけ出せ、自分を。
写真に投影せよ、自分を。
獲得せよ、自我を。
シャッター。
静かなブルー。
現実にはそこに無い風景。
半分フィクション、半分現実。
フォーカスすら合っていない。
ただ、フィクションは現実に裏打ちされた理論で、
厳然と存在するのが「現実」のほう。
そういう意味では、作品としての絵と作品としての写真の
境界線は、あいまいな気がする。
あらゆる作品は結局、現実を母体として産まれる。
しかし、デジタイズされてファイルになってしまえば、
AirMacで飛んで行く事も、ディスプレイに映る事もできる。
それで結局、どこからが夢で、どこからが現実なのか?
答
「とりあえず五感で認識できるもの全てが、現実。
そこから、"これはドットの集合で"とか"素粒子で"
とか考え始めると、ある面で、現実から離れて行く…
これはおすすめしない。」
(何だか小説の一つでも書けそうな気がするなぁ…)
ソリッドなユニボディのMacBook Proに
似合いそうな気がします。特に15inchモデル。
(このDPは1440×900ピクセルです)

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